INICIAR SESIÓN花音《かのん》の様子がおかしい。
いや、そもそも花音が頭のおかしい子だというのはいつものことなんだけど、今日の彼女はいつもと違う雰囲気を漂わせていた。 自分の席へと向かう際に自然と花音の姿が目に映り込んできたわけだが、彼女は机に両肘をついて身動き一つ取ることなくジッと一点を見つめている。 何というか、虎視眈々《こしたんたん》と何かを狙っているかのような……。 まあ、何を狙ってるかなんて俺には心底どうでもいいことなんだけど。 そして俺は、花音に挨拶することなくスッと自分の席に着く。 本日の予定は、午前中に健康診断で午後に部活動紹介。はっきり言ってクソめんどい。 健康診断は学校行事の一環だから仕方ないとして、部活動紹介に関しては正直部活に入りたい奴だけ参加すれば良くね、と思ってしまう。 部活に入る気がない俺みたいな人間からすれば、ただの時間の無駄遣いでしかないのだ。 早く帰って寝たいのに……。 「……コホン、マサくん少し良いかね?」 部活動紹介って、どのくらいの時間で予定してるんだろう。 やっぱり一時間から二時間くらいを想定しているんだろうか。 「……コホンコホン、久山雅春《ひさやま まさはる》くん。少し良いかしら?」 マジでなげぇー、頼むから一〇分、一五分で終わらせてくれないかな。 それか、健康診断が終わってから体調不良で早退でも—————— 「——————とうっ!」 悩める子羊の悩みを切り裂くように、俺の頭に見事なチョップが決まる。 ちなみに、威力はそこまでだった。 「なんだ、登校してたのか」 「その言い訳はちょっと苦しくない? 席着くまでに私の前通るんだから必然的に視界に入るでしょ」 「入らなかったんだから仕方なくね? ……てか、お前なんか今日雰囲気違くね?」 「え? べ、別に普通じゃない……かな」 「いやいや、お前といったら、もっと頭のネジぶっ飛んでるようなおかしい奴だろ。今日はその片鱗が全く見えないんだけど」 「普通に失礼過ぎない? 私は至って普通……」 とか言いつつ、なんか凄くモジモジしてるんだが。 しかも、なんか顔も少し朱を帯びている気がする。 「あ、あの……。マサくんに大事な話が……」 この嫌な既視感、俺は勘づいてしまった。 こいつ、何か企んでるかも。 「そういう話は他所《よそ》でやってもらえる? そういう話は聞かないようにしてるから」 「あっ! 今のは間違い!!! マサくんにはほんっっっとうに関係ない私ごとの話なんだけど聞いてくれるかな?」 「おいおい、それはそれで図々しいな」 自己中心的すぎるお願いの仕方に思わず笑ってしまった。 まあ、言い換えたところで俺が花音の相談を聞くことは絶対にありえない。 だって、そうだろう?「——————なあ、ちょっと良いか」 一限目が終わり、俺は机上に教科書やノートを広げたまま後ろを振り返った。 相変わらず、花音《かのん》はニッコニコのスマイルを俺に向けてくる。 だが榊《さかき》曰く、花音は俺に対して殺意の視線を送っているらしい。 多分、俺が見てないところでやってるんだろうなぁと容易に想像がつく。 不幸中の幸い、一限目はちょっかいかけられなかったけど、もし花音が本気でシャーペンとかを背中にぶっ刺してきたら……と考えただけでも総毛立《そうけだ》つ。 とりあえず、大ごとになる前に原因の究明と解決に専念ねせば! 「なんで怒ってんだよ」 「……」 「おい、ちゃんと言葉にしないと伝わらんぞ」 「……ナンデダトオモウ?」 「はい?」 「ダカラ、ナンデオコッテルンダトオモウ?」 「いや、分からないから聞いてるんじゃん」 「ナンデダトオモウ?」 めんどくせー。これが巷《ちまた》で噂の「私がなんで怒ってるかわかる?」ってやつか。 正解するまでエンドレスで続くとかなんとか……。 クソッ! 花音の前の席じゃなかったら今ごろこの場から逃げ出していたのに! 二時限目開始まで、残り一五分程度。 ひとまず、心当たりがあることから順に答えていくしかない。 「お前をおいて、榊《さかき》と遊んだこと……か?」 ゴクリと固唾を呑む。 そして花音は、笑顔のまま両腕を大きく使って頭上で丸を作った。 よかった、どうやら一問目で正解できたらしい。 「ソレモアル」 「その答えはせこいだろ。なんだよ、それもあるって」 「セコクナイ。ジッサイ、ダレモオコッテルリユウハ、ヒトツトハイッテナイ」 「確かに……って、なんで俺も納得してんだよ」 思わず、自分の発言に自分でツッコミ入れちゃったよ。 てか、怒ってる理由あと何個あるんだよ。 残りの数言われても、正直答えられる自信ないぞ。 「なあ、答え教えてくれよ。本当に怒ってる理由分かんないんだって」 「……はぁ、仕方ないなー」 やれやれと言った様子で、花音は自分のスマホ画面を俺に見せてきた。 すでにLINEが起動されており、トーク画面には俺の名前が表示されている。 「これがどうしたんだよ」 すると花音は、俺のことを睨みつけながら画面の一点を指差す。 指先には「既読」の表示が
翌朝、俺は頬杖をつきながら二人の女子生徒を観察していた。 もちろん、俺の視線を悟られないようにね。 これだけは言っておくが、別に邪な思いがあって見てたわけじゃない。 花音《かのん》の噂の件で少し気になったから見ていただけだ。 一人の女子生徒は、我部香凜《がべ かりん》。 茶髪ロングヘアの我部の第一印象は、ザ・陽キャって感じ。 入学して間もないというのにも関わらず、制服は着崩しているし、おまけにピアスまで開けてる。 そして恐らく我部は——————榊《さかき》のことが好きっぽい。 現在、我部は他の女子生徒と一緒に榊と話しているわけだが、その表情がもう恋する乙女のそれなんだよなぁ。 とりあえず榊さん、我々に構わず彼女と末永くお幸せに……。 そう心の中で呟いて、俺はもう一人の女子生徒に視線を移す。 さて、本題はここからだ。俺が一番怪しいと踏んでいた人物。 その名は——————桜花春《おうか はる》。 桃色のミディアムヘアに、桜がモチーフの耳掛けヘアピンを付けた桜花の第一印象は——————春って感じだ。 一々説明する必要もないと思うが、あくまで春というのは比喩表現だ。 暖かな春を連想させる、まるで陽だまりのような女の子。それが桜花春という女子生徒だった。 雰囲気で言うなら、陽キャのそれに近いかもしれない。 だが、あくまで近いだけであってジャンルとしては別物と言っても過言ではない。 さて、そんな心穏やかそうな桜花を、どうして俺は一番怪しいと思うのか。 それはひとえに、彼女が人当たりの良い人格者だからだ。 人というのは、無意識のうちに表の良い顔と裏の悪い顔を上手に使い分けている生き物である。 要は、誰しも長所と短所はあるよねって話。 人は、人に気に入られないと社会という生存競争に生き残ることができない。 だから人は、己の短所を長所で隠しながら生活しているのだ。 そうでもしないと、何らかの問題という形で社会から隔離されてしまうから。 だが、桜花の場合は—————— 「マジで良い子すぎるんだよな……」 そう、欠点という欠点が、まるで見つからない。 会話のテンポが絶妙なのもそうなんだけど、桜花の周りに人が集まる要因、ずばりネガティブ発言を一切口にしないことだ。 友達に何か相談されたり、愚痴を聞いても桜花は全てポジティブ発言で
私は学校が終わるなり、速攻家に帰った。 別に、友達がいないわけじゃないよ? 私にはマサくんがいるもん。 ただ、ちょーーーーーーっと予定が合わなかったからバイバイしただけ。 予定がないから寄り道せず真っ直ぐ家に帰る。至極当たり前のことだよね? 別に、浮気を疑ってるわけじゃないよ? ただ、ちょーーーーーーっとだけモヤモヤするかな。 だってそうでしょ? 私が誘う時は、いつも露骨にめんどくさそうにするもん。 なのに、今回はマサくんの方から友達を誘って遊びに行った。 別に、怒ってるわけじゃないよ? ただ、ちょーーーーーーっとだけムカムカするかな。 「いや、怒ってるじゃん。私」 ツッコミつつ、私は玄関扉を開ける。 すると、すぐさま世一《よいち》にぃが出迎えてきた。 この兄は相変わらず帰りが早すぎる。 「ただいま」 「おかえり、今日は随分と早いね。雅春《まさはる》君と遊びに行っていないのかい?」 「今日は別の友達と遊ぶって言ってたから、学校でバイバイしてきた」 「なるほど、浮気とは感心しないな。ここはお兄ちゃんに任せておけ」 「絶対にやめて。マサくんに絶交なんかされたら学校で一人ぼっちになっちゃう」 そう、マサくんに絶交を切り出されたら冗談抜きで一人ぼっちになってしまう。 他の友達を作ればいい——————そんな簡単な話じゃないんだよなぁ。 この件に関しては一方的に私が悪くて、どうしても人の言葉の裏を読もうとしてしまうクセがあるのだ。 要は、誰かと話している時も「この人は一体何を考えている?!」となってしまうわけよ。 全く、小学生まではそんなこと考えることもなかったんだけどな……。 「でも、雅春君がずっと一緒にいてくれる保障もないだろう?」 世一にぃの言う通りだ。 マサくんがずっと一緒にいてくれる保障はどこにもない。 例えば、たくさん友達ができたり、女ができたり……とか? いやいや、だったら私一人で良くない? 友達と女を両立できる人——————ほら、私しかいないじゃん! ということはつまり、マサくんの相手をできるのは私だけということだ。 「ふふふ、その辺りは大丈夫だよ。私、マサくんの中で最強の逸材だから」 「その自信はどこからくるんだか……。とりあえず、着替えておいで」 「ほ〜い」 気の抜けた返事をしな
「いや〜。まさか久山《ひさやま》の方から放課後に遊びに誘ってくれるとは思わなかったよ〜」 放課後、隣で歩く爽やか陽キャの榊《さかき》が微笑む。 すると、その時廊下にいた女子生徒たちの視線が榊に釘付けとなっていた。 やはりイケメンスマイルは、女子界隈ではかなり需要があるっぽいけど、俺にとっては男がただ笑ってるだけだ。 それ以上でもそれ以下でもない。 「てか、遊びじゃなくてお前に聞きたいことがあってだな。だから、これは決して放課後に遊びに誘ったとかではない。用がなければ速攻家に帰ってベッドの中にダイブしているところだ」 「えぇ〜。昼みたいに榊って呼んでくれよ。お前呼びだと、なんか距離あるみたいで嫌じゃないか」 なるほど、こいつも花音《かのん》と一緒で人の話を聞かないタイプか。 まあ、実際距離あるからお前って呼んでるんだけどな? お昼の時は、榊と花音が二人同時にいたからお前呼びが使えなかっただけだ。別に他意はない。 というか、その不貞腐れた感じ出すのやめろ。 そういうのは異性に需要があるだけで、同性からしたら普通にキモい。 「呼び方なんて、正直どうでもいいだろ。それより、お昼に言ってた話があるっていうのは花音の噂のことについてだろ?」 「……久山、凄いな。よく分かったな」 「人間不信なめんな。他人からの視線や感情には人一倍敏感なんだよ」 「返答に困る言い方をするなよな……」 返答に困る言い方をしてるんだよ。 お昼時、確かに俺は榊が近づいてきた意図を正確に汲み取った。 ただ、それは人間不信が理由じゃない。完全に直感だった。 一限目終了後の小休憩にて、俺は榊に『孤高の一匹ぼっち』の噂の出所が花音でないことを明らかにした。 その際に、榊は何かを言いたげの様子だったが、俺はあえてあの場では彼の発言を冷たく切り捨てた。 そうすることで、第三者から見れば話はそこで打ち切られたように錯覚させることができるからだ。 だから俺は、すぐ近くにいた噂の出所であろう主犯に見せつけた。 そしてその後、榊が俺にコンタクトを取ってきた。 完全に想定外だったが、榊が人類が鼻で笑っちゃうくらいしょうもない内容を俺の元に持ってきた時、噂関連のことだろうとすぐに直感した。 榊が余所余所しかったのは、俺に対してじゃない。花音に対してだ
四限目を乗り越えて迎えた昼休み。 教科書やノート、筆記用具を片付けていると、そこへ二人のクラスメイトがやってきた。 一人は、金髪のミディアムヘアを靡かせる残念美少女。 片や、数多の女子を口説き落としてきたかのような雰囲気を漂わせる爽やか陽キャ。 そんな二人が出会った日には、凄まじいバトルが繰り広げ……られなかった。 てか、なんで二人はそんな申し訳なさそうな顔してんの? 俺、久しぶりの授業で目が疲れてるのかな……。 「「あ」」 二人の目が合った。 今度こそ、凄まじいバトルが繰り広げ……られない? なぜか二人は、遠慮がちに言葉を口にする。 「あ、榊《さかき》くん。お先どうぞ……」 「あ、いや、僕は後ででもいいから。姫柊《ひめらぎ》さんからどうぞ……」 「いや、私のはいつでもいい内容だから。榊くんの方からどうぞ……」 「いやいや、僕のは正直どうでもいい内容だから。姫柊さんから先どうぞ……」 「いやいやいや、私のなんて聞く価値もないくらいどうでもいい内容だから。だから榊くんからどうぞ……」 「いやいやいやいや、僕のなんて人類が鼻で笑っちゃうくらいしょうもない内容だから。だから姫柊さんお先にどうぞ……」 人類が鼻で笑っちゃうくらいしょうもない内容……? 何それ、めっちゃ聞きたいんだけど。 って、いかんいかん。危うく本筋を見失うところだった。 それより、二人はどうしてこんなに腰が引け気味なんだろうか。 ホームルーム前は、「どっちが久山《ひさやま》の友達に相応しいか勝負だ!」とか言って、あんなにバチバチと火花を散らしてたのに今ではそれが皆無だ。 はっきり言って、気持ち悪いんだが。 「てか、それいつまで続けるわけ? 二人とも、俺に用事があるんじゃないの?」 「「……」」 なんか、二人がモジモジし始めたんだけど……。気持ちわるッ! さすがの俺でも、この反応は想定外すぎた。 居心地が悪くなって席を立とうとしたら、急に一人から腕を掴まれた。 最初に行動を移したのは——————花音《かのん》選手。 「ぁっ、ぇっと……」 反射的に行動してしまったのだろう。かなり狼狽えている。 俺の腕を掴む花音の手は、目視では分からない程度だが微小に震えていた。 全く、本当にしょうが
国語の授業が終わった後、俺は一人トイレに来ていた。 「ったく。何がしたいんだよ、アイツは……」 小便をしながら、一人ボソッと呟く。 だって、そうだろ? 授業中にツンツンしてくるわ、手紙をよこしてくるわ、間違った答えを教えてくるわ……。 花音《かのん》のやりたいことが一貫して見えてこない。 まあ、最後のは自分に恥をかかせたことへの仕返しだと思うけど。 「でも、どうして俺はあの時アイツの答えを信じたんだろう……」 正直なところ、④の回答には自信があった。 むしろ、それ以外の回答は絶対にありえないと思ったほどだ。 なのに、俺は花音が提示した回答を信じた。 その矛盾した行動が、疑念として俺の胸の中で燻《くすぶ》っていた。 本当に、何でだろうな……。 「どうしたんだ? 晴れない顔をして」 そう言って横に並んで来たのは、クラスメイトの榊《さかき》だった。 てか、小便用トイレは他にも沢山空いてるのに、わざわざ隣で用を足す意味は? 小便を終えて一人洗面所に向かうと、榊がすぐさま後を追ってくる。 お前、小便するの早すぎじゃね? 「どうしたんだ? 晴れない顔をして」 手を洗いながら、再び榊が問うてくる。 多分これ、返事しないと一生付きまとわれるやつだな。 それは流石にめんどくさいので、俺は渋々口を開くことにした。 「俺自身のことが分からなくてな」 「ほう」 この「ほう」は恐らく、共感の意味ではなく驚愕の意味で使ったに違いない。 その証拠に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。 俺が簡単に口を割ると思っていなかったんだろうな。 そんな榊を無視して、俺は話を続ける。 「国語の授業中、問題を指名された時に俺は答えが④だと確信してたんだ。でも、アイツに③だと言われたら自分の中で答えが揺らいだんだよ」 「それは、本当に心の底から④だと確信してたのか?」 「ああ、それ以外に答えはないと思ったほどだよ」 「んー。これが的を得た答えになっているか分からないけど、姫柊《ひめらぎ》に物を言われて萎縮したんじゃないか?」 「萎縮……」 手を洗い終えた俺たちは、ハンカチで濡れた手を拭う。 そして互いにハンカチをポケットに仕舞い込んだところで、榊が俺の後







